そんな美味しいうどん作りの名人
綾小町の店主 小野隆文さんにお話をうかがいました。
「岐阜の人に、おいしいうどんを食べさせてあげたい」
讃岐うどんの本場、香川県で生まれた小野さんは小さな頃から、本格的な美味しい讃岐うどんを食べて育ちました。
「うどんの事を“ピッピ”と言ってね。消化が良く、飲み込んでも平気だから子供の離乳食としても喜ばれたんですよ」
デスクワーク中心のホワイトカラーとして働いてきた会社を36年間勤めた後、脱サラ。
讃岐うどん店開業にむけて、覚悟や決意を紙に書き出した。
市場調査や資金作りの計画も慎重におこなった。
小野さんにとって、円満退社と家族の同意が一番の大切なことだった。
岐阜から香川県に戸籍を移し、香川の職業訓練学校(香川県立高松高等技術学校)に通い、家族の応援もあって1年間一生懸命勉強した。
様々な店でうどんを食べ歩きまくった。
「学校では麺うちばっかり。手打ち棒を持って朝から晩までそればっかり。作ったものをもう一回壊して、またのばすんです。固くて、固くて。」
「生徒は22、3名いましたが、実際に開業したのはウチを含めて4件なんです」
うどん職人の心得は、まずうどんを好きになること。これが基本。あとは、手打ちの熟練度を増す。上手になる事。真心をこめて作る事。
麺の手打ちは、腰をどっしりと据え、力強く生地をのばす。息切れするほどの力が必要。
「麺は手打ちすることで、鍛えてやるんです。手打ち麺は、機械でのばしたものとは美味しさが全然違いますからね。」
麺の太さもよく研究し、モチモチとした食感を最大限に引き出すための細さにした。
お客さんに不公平が無い様、麺は一玉につき240g分と目方ではかる。
ひとつひとつの作業を丁寧に。
店のこだわりとして、出来たてホヤホヤのうどんをお客さんには食べていただく。
劣化したうどんは出したく無いので、ゆであがってから、春なら30分。夏は20分以内にお客さんに出すことにしている。
「ゆで上がってから、30分、40分以上たったうどんも、家庭で食べるには十分においしいのですが、こだわりとして。出来たてのおいしいうどんを出しています」
最初は、量の加減がわからず、20玉、30玉を余らせていたこともあった。
うどんの作り方は、中力粉に塩水を入れ、機械で練る。季節によって加水率が異なるので、調整しながら。
その生地を足踏みして、平らにのばす。それを団子状態に丸めて一晩ねかす。
翌日、その団子を麺打棒でのばして、手打ちする。うどんの太さにカットしたら、釜でゆでる。
作業自体は簡単そうだが、「めんどくさいから、やらないうどん屋も多いんですよ。機械に頼ったり、工程を省いたりしてね。」
だけど、本場讃岐うどんを食べて欲しいという綾小町のこだわりとしてひとつひとつの作業を手間を省かず、丁寧に作る。
週に2,3回は訪れるというお客さんは、「私もうどんを家で作ってみたからわかる。難しいですよ。ここのうどんを食べたら、他の店のうどんは食べられなくなるね。」と絶賛する。
嬉しいことに、ほとんどのお客さんは汁も残さず食べてくれます。
だしは、95℃のお湯で利尻の昆布、瀬戸内海産の片口いわし、鯖節、雑節、花鰹でとる。
名古屋、東京方面では、うどんの汁のだしには昆布を使用せず、汁は残す習慣。
ここ、岐阜の大垣もそう。
土地の習慣だからといって、昆布を除けば、自分の店の味がだせない。
「今やってる味を落とさないことが大事。これからも手法を変えず、心をこめたうどん作りの精神を大切にしていきたい。」
最初は、いくら讃岐うどんがおいしいと言っても、地域の人々にいっぺんに、四国スタイルのうどんを押し付けてもダメだった。1年経過した現在、徐々に地域の人々に受け入れられるように日々努力は続いている。
お客さんに「おいしかったよ」と言われるのが何よりの喜び。
美味しいうどん作りの教室を開いてみたい。
将来は春休みや夏休みに、小学生相手に手づくりうどん教室をやってみたいという。
家庭でも「スーパーで売ってる3袋98円。ばかりでなく、本当においしいうどんを食べてもらいたい。」
主婦の方には、本当においしいうどんを知って、作ってほしい。
うどんの作り方を教えるために、出張もできればいいなと思っている。
小野さんの夢は更に膨らむ。。
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